インタビュー / 田中由起子

人間である私が撮る以上は、必ず人間に関わると思って

(インタビュー時期:2011.5 )今回、vol.1「人間」というテーマを与えられ制作の過程でどのような事を考えられましたか?

 田中:…テーマに関しては、そこまで何か深く考えることはしなかったです。自分が普段意識を向けているのが人間だから、普段から自分が撮ってる人間をどう見せたらいいか考えました。
人間に関わらないものを見つける方が難しいし、人間である私が撮る以上は、必ず人間に関わると思っているので、改めて「人間」を表現することを考えなかったのだと思います。

今回本という方法を採られたことについてお話を伺えますか?また田中さんが毎月写真展を行なわれている活動との関連はありますか?

 毎月ゴールデン街で行っている展示は、たいてい何らかの物語や、記憶や、何か写真同士の糸が繋がっているような気持ちで写真を組みますが、このBrainStormingにおいては、むしろそういう考え方を一切排除した組み方をしていて、何の物語もつながりもありません。だけどそれをしたことで、ある普遍性が自分の中に生まれたような気がしました。自分が頭で一生懸命考える物語が無いにも関わらず、一連で何かを感じさせる配置になっています。

  はじめは起承転結じゃないですけど、何か自分の中で糸を紡いで、意味を付けていました。それを一旦解こう、考え直そうっていう過程が一回ありました。

その時に考えられていた物語っていうのはどんなものだったんですか?

 その時考えた物語はとても単純でした。本であるということに引きずられたというか。めくっていって、この次にこれ、この次にこれ、っていうのにわかりやすい驚きを持ってこようとするとか。

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vol.1「人間」より

人は描かれ続けるし、撮られ続ける。

「ポートレート」という方法についてはどのようにお考えですか?

 「ポートレート」が新しい表現ではないとは思っています。野島康三さんのポートレートの作品を観た際、面白いけれど自分が身近な人のポートレートを撮ることに置き換えたときに意味があるのかと考えました。私が野島さんの作品を面白いと思った点は、今も昔も人間に対する情熱が変わらないことで、その一方、その写真自体が他の人に面白いかどうかは疑問だったんです。
 人に対しての関心が変わらないということ。絵でもポートレートは題材として人間を描くことは変わらない。今も人は描かれ続けるし、撮られ続ける。でも、その被写体の関係のある人以外にとっては、そのポートレートに何の意味があるのかな、と。私の撮る人は別に有名人でもなければ、歴史上の人物でもないわけだし。

鑑賞者にとってのポートレートの意味ですか?

 そう。でも、自分が撮る写真には何か意味があってほしいな、とも思ったので、身内・友達を撮ったということ以上の、「この人が誰であろうとこの写真が私を惹きつける」と鑑賞者に思わせる、ポートレートの可能性があるんじゃないかと思い、追求しています。
  だから、写す顔もどうとでも解釈がしやすかったり、感情移入がしやすい表情になります。

それは鑑賞者が感情移入しやすい写真を意味されますか?

 何かで読んだ人の言葉ですけど、人形を作っている方が、人形の表情を作るのが難しいと。人形の表情はできるだけ、長いことその持ち主に可愛いがられるために表情が一つでない方がいい、固定してない方がいいから無表情なんだっていうのを聞いて、こういうことだと思いました。。

vol.1で「人間」というテーマを与えられて、この20代から30代の女性を被写体にして、なおかつBrainstormingの参加メンバーも20代から30代です。年代に関連がありますか?


 自分の関心が、女性に対してと、女性がすがた・かたちが変わりやすいものに対してあると自分でわかっているので、留めておきたい。いや、顔とか、表情・しぐさを見ていたいです。

変わりやすい身体だからこそ女性?

 はい。20代真ん中くらいですね。自分と近いってよく言われますが別に彼女たちと私が似ているとは思わないんです。

自分に近い年齢?

 自分より年上の人やもっと圧倒的に離れたものに挑戦すべきなんだって言われることはあるんですけど、あえてちょうど自分が踏みだしてきた年齢のところをもう一度ちゃんと見返したい、もっと大事にしたいと思っているんだと思います。

異なる記憶を掘り起こすかもしれない

どのような興味を持って作品制作を行われていますか?

 私は、記憶を忘れてしまうことを日頃不安に思っています。忘れてしまうことは、無になることと同じなので出来れば全てを覚えていたい。でも、大抵の場合できていない。今のところ写真が、私が頭の中で思い煩うことを外に吐き出すのに合っている方法です。
 その事象とは、忘れたくない、覚えていたい事柄だったりもするし、忘れたい事だったりもする。外の世界に対して写真として見せることで、私だけの物だったイメージが私から離れて誰かのものにできる。それに、その時々の偶然や不確定要素も許しているので、私は「再現」のつもりが記憶の書き換え作業も同時に行っています。

自分の記憶としての写真作品と言うことですか?

 写真を使って私の存在した世界に関わる、別の物語を紡いでいきたいです。頭の中のイメージを写真を使って、望んだ状態でダイレクトに相手に見せることが可能になった。でも、作品では、写真が起因になって更に異なる夢を見て、自分や他の人から異なる記憶を掘り起こすかもしれないと思っています。

作家に至る経緯を教えて頂いてもよろしいでしょうか。

 父がカメラを持っていたり、妹が美大生で写真を撮っていたりするところは見ていたんですけど、自分が撮ったりするものだとはとは思っていませんでした。けれど、写真を見る機会はあって、美術展を見に行った時に、並びで写真があるというのは気づいていたけれど、特に気にしていなくて、絵は割とすぐ飽きちゃって疲れてたんですけど、写真は長く興味を持って見れてた。
 でも撮るところには至らなかった…んですけれども。大学四年生の時に映像作家ユニットVISUAL BRAINS の風間正さん・大津はつねさんのところでアシスタントをさせていただいて、映像というものは身近な人が撮るもので、写真も私が撮っていいものなんだ、と思ったら興味を持ちだしました。きっかけはそのお二人ですね。

写真を始められた当時はどのような興味を持たれていたのでしょうか?

 当時はスナップ写真で、電車の中で女の子を撮ったり、盗撮みたいでした。後ろ姿のスカートから足が覗いているとか、顔を写すとかじゃなくて、むしろ下側に視線がいっていたり、女子のセクシャルな部分を捉えてました。

現時点ではどのように変化されましたか?

 今は、6×6のフォーマットで人物を重点的に撮っています。
 人に会いに行きたい、という若い時の心情みたいなものがありました。自分は何のために生きてるんだろうって考えていたんです。それで、これまで出会って無い人にガンガン会っていくために、私は生きてるんだって思ったんですね。それとカメラというものがすごくマッチしていて、カメラを持って人に会いに行くのが、自分を楽しい方向に持って行くエネルギーになっているなって思います。

 

 

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田中由起子

1980年山梨生まれ。
早稲田大学第一文学部文芸専修卒業、 美術館勤務、 スタジオ勤務後、
2008年よりフリーフォトグラファーとして独立。
人物撮影を中心に広告、雑誌で活動。
また小規模ながら40以上の単独展示。
顔や身体、記憶や物語に誘発された作品制作を行う。

http://www.yukikotanaka.net/

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11.05 BRAINSTORMING 田中由起子インタビュー

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